社会問題をビジネスのノウハウで解決する
~グラミン銀行総裁とムハマド・ユヌス氏の取り組みから~
-最終更新日:2010年12月20日(月)-
今回はバングラデシュのグラミン銀行、ムハマド・ユヌス氏の貧困ビジネスについて考察する。あまりにも有名であるが、グラミン銀行とユヌス氏は慈善的な銀行経営と反貧困の社会活動などによって2006年にノーベル平和賞を受賞している。この度の記事は、つい先日12月15日(水)にクローズアップ現代でドキュメンタリーが報道されたことに触発されて書くものである。
クローズアップ現代によると、現在バングラデシュは貧困に対するビジネスの実験場になっているという。貧困ビジネスというと日本でも報道された生活保護世帯に対する悪徳ビジネスの印象が強いがここでは違う。BOP(Base ofthe Economic Pyramid)層という発展途上国の最貧困層を社会的に助けるといった意味合いである。国内市場が低迷を続けるなか、少しでも儲けることができるならばということで発展途上国に市場が注目しているのである。しかし、巨大市場になりつつあるインドでの自動車販売といった利益目的のビジネスではない。バングラデシュのようなもっとも貧困にあえぐ国家の貧困層を対象にしたビジネスである。具体的には、低栄養児に対する低コストの栄養食給付であったりとか、貯水池の泥水を飲料水にする浄化剤を利益度外視で販売するといったものである。
これをバングラデシュ国内で強く推し進めているのが上記のグラミン銀行とムハマド・ユヌス氏である。氏が海外の企業と提携して国内の貧困問題に向き合う合弁会社を設立するときのハードルは高い。その最たるものが、ビジネスで得られた利益を海外に持ち出してはならないというものである。
ここに氏の思想が凝縮している。通常なら資本主義のルールで覆われた世界において、資本の移動が自由ならば、貧困国の資源や労働力を目当てとして先進国がビジネスの戦略を立てる。それと引き換えに先進国のマネーが流入して貧困国が潤うといった構図が自然に形成される。しかし、これが行き過ぎると植民地化であったり戦争が発生したりというのが人間社会の歴史である。このようなことは二度と起きてはならないが、ビジネスの世界では同様の事態が発生する可能性がある。ここに厳しい制約を課したのである。すなわち、いかなることがあっても利益を海外に持ち出せないという制約である。後進国が通常言葉にしてはならないこの先進国に対する戒めをずっと主張してきたことにノーベル賞受賞の秘訣があるのだろう。この約束は徹底しており、先進国でも余裕のない中小企業が安易に手を出したら悲鳴を上げることになる。
番組でも紹介されたが、これは「大企業向けのビジネスパッケージ」である。経営体力のある大企業にしか手が出せないからだ。また、氏が思想の柱としている「ソーシャル・ビジネス」は、特定の社会問題を解決する目的で行われ、その間にかかった費用をすべて回収して利益を残さないといったことを定義としている。利益を生み出さないプロジェクトへのマージンとは重に、
1) 社会問題に貢献したという達成感
2) 企業イメージの向上
3) 通常のビジネスでは作成できない商品の開発
4) 社員の人間教育
といったところだろうか。これは企業の中で利益を得なくてよいというセクションをあらかじめ作って、社員がキャリアの中で一時的に経験するものだと割り切らないと成立しない。すなわち大規模で業績が上向きの企業に限られるのである。
しかし、これが日本の中小企業に向いているとユヌス氏は指摘するから驚きである。日本のような高度に発達した大企業の形態よりも、中小企業の組織形態のほうが後進国であるバングラデシュに受け入れられやすく、その技術力は十分にバングラデシュの欲するところだというのである。ところが中小企業には利益を度外視して慈善事業を行う余裕などない。グラミン銀行とムハマド・ユヌス氏の社会運動が定着化するのもあと一歩だが、最後にここにハードルがあるというのだ。確かに中小企業にはなかなか難しいことであり、既存のモデルでは太刀打ちできない。筆者の考える方法をいくらか挙げてみる。
①国が中小企業向けに資金援助を行う
これは筆者なりの当てつけなのだが、日本政府がODA(政府開発援助)で資金援助するくらいなら、優秀な慈善事業を行うことができる中小企業に優先的に援助してしまえというものである。ODAとは具体的な労働力や技術を提供するものではなくお金を払うだけなのだから、優秀な中小企業が付加価値をつけてボランティアを行えばその効果ははるかに上回るのである。実現可能性に乏しいが、海外に対してばら撒き志向が強かった日本のODAへの警鐘を込めてここに取り入れた。
②NPO法人が人員を募って援助
これも以前クローズアップ現代で放送されたボランティア形態だが、さまざまなその分野の一流の人をNPO法人で募集してプロジェクトチームを形成し、慈善事業を行うというものである。これはNPO法人がもともと利益を考慮しない運営形態であることから実現可能性があるかに見える。しかし、企業側が技術力を提供することにハードルがあり、開発なども行われにくい。既存の技術やビジネスモデルによる社会問題を解決する場合に限られるだろう。
③大企業からの出向受け入れによる慈善事業体の形成
最後にもっとも実現可能性があるモデルである。前述のように、大企業においてのみ安定的に遂行が可能だと述べた。中小企業にはその体力がないのである。上記のNPO法人とよく似ているが、ある事業体を形成し、そこにさまざまな会社が出向受け入れを行ってプロジェクトチームを作成、慈善事業に当たるのである。この場合、技術力の提供や開発などもビジネスの観点で出向元会社と契約を行うことができる。場合によっては、人材の有効なシャッフルの場にもなりえ、企業交流に欠かせない事業体に成長する可能性があるのである。
このように、3つのケースについて述べてきたが、皆さんはどう思われるだろうか。ムハマド・ユヌス氏は資本主義における効用最大化という一つの指標だけが人間社会の目指すところではないとして、多元的な人間存在による別の次元でのビジネスのあり方を主張している。この多元性にもとづいたバランスのとれた社会は、あらゆる困難に打ち勝つ可能性を秘めている。筆者もこのような視点に立ち、さまざまなスタンスの社会的な取り組みをここで紹介していきたいと思っている。今後の記事にもご期待を。
日本の反貧困と自殺問題を現場の第一人者から考察する
ムハマド・ユヌス氏の貧困ビジネスの取り組みを紹介したので、日本のこの周縁の問題の第一人者を紹介する。
まずは派遣村でおなじみの湯浅誠氏である。氏は東京大学で勉学に励むかたわら、ホームレスを支援する「自立生活サポートセンター・もやい」を設立し事務局長に就任している。この事務局長、無給であり、大学院生時代は一か月数万円で暮らしていたという。その後、鳩山内閣において内閣府参与・緊急雇用対策本部貧困・困窮者支援チーム事務局長に就任している。国の内部にいたら思うような活動ができないということで一度辞任しているあたりが草の根の湯浅氏らしい。筆者の尊敬する人物の一人である。
次に自殺問題に取り組まれている清水康之氏である。氏の主要著書の詳しい内容は下のリンクの記事をご覧になっていただきたい
旧ブログ掲載分(1) 日本における自殺問題の深刻さと自殺に向き合う専門労働家たち
氏も内閣府参与として自殺問題に携わってきたが、氏のブログによると2010年6月に辞任されたようだ。現場の人は得てしてポストに執着しないというか、現場魂があるといえば適切だろうか。クローズアップ現代で自殺問題に関して取材したのをきっかけに、自殺遺児を中心とした自殺問題に取り組まれている。
このように、日本にも貧困や自殺が誰にとっても無縁とは言えない時代に突入して久しいが、このような問題と向き合う専門家たちは命を削ってすれすれの中で取り組んでいる。読者の皆さんも、今回取りあげた人物の取り組みを考えていただければ幸いである。
-最終更新日:2010年12月20日(月)-
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今回はバングラデシュのグラミン銀行、ムハマド・ユヌス氏の貧困ビジネスについて考察する。あまりにも有名であるが、グラミン銀行とユヌス氏は慈善的な銀行経営と反貧困の社会活動などによって2006年にノーベル平和賞を受賞している。この度の記事は、つい先日12月15日(水)にクローズアップ現代でドキュメンタリーが報道されたことに触発されて書くものである。
クローズアップ現代によると、現在バングラデシュは貧困に対するビジネスの実験場になっているという。貧困ビジネスというと日本でも報道された生活保護世帯に対する悪徳ビジネスの印象が強いがここでは違う。BOP(Base ofthe Economic Pyramid)層という発展途上国の最貧困層を社会的に助けるといった意味合いである。国内市場が低迷を続けるなか、少しでも儲けることができるならばということで発展途上国に市場が注目しているのである。しかし、巨大市場になりつつあるインドでの自動車販売といった利益目的のビジネスではない。バングラデシュのようなもっとも貧困にあえぐ国家の貧困層を対象にしたビジネスである。具体的には、低栄養児に対する低コストの栄養食給付であったりとか、貯水池の泥水を飲料水にする浄化剤を利益度外視で販売するといったものである。
これをバングラデシュ国内で強く推し進めているのが上記のグラミン銀行とムハマド・ユヌス氏である。氏が海外の企業と提携して国内の貧困問題に向き合う合弁会社を設立するときのハードルは高い。その最たるものが、ビジネスで得られた利益を海外に持ち出してはならないというものである。
ここに氏の思想が凝縮している。通常なら資本主義のルールで覆われた世界において、資本の移動が自由ならば、貧困国の資源や労働力を目当てとして先進国がビジネスの戦略を立てる。それと引き換えに先進国のマネーが流入して貧困国が潤うといった構図が自然に形成される。しかし、これが行き過ぎると植民地化であったり戦争が発生したりというのが人間社会の歴史である。このようなことは二度と起きてはならないが、ビジネスの世界では同様の事態が発生する可能性がある。ここに厳しい制約を課したのである。すなわち、いかなることがあっても利益を海外に持ち出せないという制約である。後進国が通常言葉にしてはならないこの先進国に対する戒めをずっと主張してきたことにノーベル賞受賞の秘訣があるのだろう。この約束は徹底しており、先進国でも余裕のない中小企業が安易に手を出したら悲鳴を上げることになる。
番組でも紹介されたが、これは「大企業向けのビジネスパッケージ」である。経営体力のある大企業にしか手が出せないからだ。また、氏が思想の柱としている「ソーシャル・ビジネス」は、特定の社会問題を解決する目的で行われ、その間にかかった費用をすべて回収して利益を残さないといったことを定義としている。利益を生み出さないプロジェクトへのマージンとは重に、
1) 社会問題に貢献したという達成感
2) 企業イメージの向上
3) 通常のビジネスでは作成できない商品の開発
4) 社員の人間教育
といったところだろうか。これは企業の中で利益を得なくてよいというセクションをあらかじめ作って、社員がキャリアの中で一時的に経験するものだと割り切らないと成立しない。すなわち大規模で業績が上向きの企業に限られるのである。
しかし、これが日本の中小企業に向いているとユヌス氏は指摘するから驚きである。日本のような高度に発達した大企業の形態よりも、中小企業の組織形態のほうが後進国であるバングラデシュに受け入れられやすく、その技術力は十分にバングラデシュの欲するところだというのである。ところが中小企業には利益を度外視して慈善事業を行う余裕などない。グラミン銀行とムハマド・ユヌス氏の社会運動が定着化するのもあと一歩だが、最後にここにハードルがあるというのだ。確かに中小企業にはなかなか難しいことであり、既存のモデルでは太刀打ちできない。筆者の考える方法をいくらか挙げてみる。
①国が中小企業向けに資金援助を行う
これは筆者なりの当てつけなのだが、日本政府がODA(政府開発援助)で資金援助するくらいなら、優秀な慈善事業を行うことができる中小企業に優先的に援助してしまえというものである。ODAとは具体的な労働力や技術を提供するものではなくお金を払うだけなのだから、優秀な中小企業が付加価値をつけてボランティアを行えばその効果ははるかに上回るのである。実現可能性に乏しいが、海外に対してばら撒き志向が強かった日本のODAへの警鐘を込めてここに取り入れた。
②NPO法人が人員を募って援助
これも以前クローズアップ現代で放送されたボランティア形態だが、さまざまなその分野の一流の人をNPO法人で募集してプロジェクトチームを形成し、慈善事業を行うというものである。これはNPO法人がもともと利益を考慮しない運営形態であることから実現可能性があるかに見える。しかし、企業側が技術力を提供することにハードルがあり、開発なども行われにくい。既存の技術やビジネスモデルによる社会問題を解決する場合に限られるだろう。
③大企業からの出向受け入れによる慈善事業体の形成
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このように、3つのケースについて述べてきたが、皆さんはどう思われるだろうか。ムハマド・ユヌス氏は資本主義における効用最大化という一つの指標だけが人間社会の目指すところではないとして、多元的な人間存在による別の次元でのビジネスのあり方を主張している。この多元性にもとづいたバランスのとれた社会は、あらゆる困難に打ち勝つ可能性を秘めている。筆者もこのような視点に立ち、さまざまなスタンスの社会的な取り組みをここで紹介していきたいと思っている。今後の記事にもご期待を。
日本の反貧困と自殺問題を現場の第一人者から考察する
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ムハマド・ユヌス氏の貧困ビジネスの取り組みを紹介したので、日本のこの周縁の問題の第一人者を紹介する。
まずは派遣村でおなじみの湯浅誠氏である。氏は東京大学で勉学に励むかたわら、ホームレスを支援する「自立生活サポートセンター・もやい」を設立し事務局長に就任している。この事務局長、無給であり、大学院生時代は一か月数万円で暮らしていたという。その後、鳩山内閣において内閣府参与・緊急雇用対策本部貧困・困窮者支援チーム事務局長に就任している。国の内部にいたら思うような活動ができないということで一度辞任しているあたりが草の根の湯浅氏らしい。筆者の尊敬する人物の一人である。
次に自殺問題に取り組まれている清水康之氏である。氏の主要著書の詳しい内容は下のリンクの記事をご覧になっていただきたい
旧ブログ掲載分(1) 日本における自殺問題の深刻さと自殺に向き合う専門労働家たち
氏も内閣府参与として自殺問題に携わってきたが、氏のブログによると2010年6月に辞任されたようだ。現場の人は得てしてポストに執着しないというか、現場魂があるといえば適切だろうか。クローズアップ現代で自殺問題に関して取材したのをきっかけに、自殺遺児を中心とした自殺問題に取り組まれている。
このように、日本にも貧困や自殺が誰にとっても無縁とは言えない時代に突入して久しいが、このような問題と向き合う専門家たちは命を削ってすれすれの中で取り組んでいる。読者の皆さんも、今回取りあげた人物の取り組みを考えていただければ幸いである。
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