ポストグローバリズムにおける政治目標について
-最終更新日: 2011年10月13日 (木) -
私はこのブログで民主主義について口を酸っぱくして述べている。通常の人なら何の問題もなく今の日本社会で民主主義を謳歌しているはずだ。しかし、集団ストーカーの被害に遭っている人からすれば、そこはもう民主主義が適用されない社会を経験しているようなものである。このような身になると民主主義の必要性が痛感される。あたかも独裁国家にいる人間が民主主義国家を憧憬のまなざしで見つめるような思いで。
このブログでは私の現代思想的な考えを展開してきたが、一貫性がなく流れが把握できていない方も多いのではないかと思う。今回はこの流れをおさらいしてみる。
まず、冷戦。この時は西側諸国と東側諸国の対立という明確な構造を持っていた。人間社会が理想の社会形態について結論を見いだせない中で壮大な社会実験を行ってきたとも言える。結果は民主主義と資本主義の勝利。これで市場主義が何の問題もなく進展すると考えられていた。
ところが、ポスト冷戦後の一つのパラダイムであるグローバリズムは、深刻な状況を民主主義社会にもたらした。最終的な結末がリーマンショックという一種の恐慌というだけでなく、多くの先進諸国が民主主義の衰退を経験した。私はこのグローバリズムを推し進める社会体制は一種の戦時体制のようなものだったと考えている。民主主義を変形させてまで国際的な経済競争という一種の戦争を勝ち抜くための社会を作り上げたのだ。これは先進諸国すべてに共通することだろう。
そして、現在はそのポストグローバリズムという段階にある。多くの資源産出国でない先進国は、財政再建と国の浮揚のためにある程度市場原理主義を推し進めなければならない。しかし、グローバリズムの時のように疲弊の果てに破綻してはならない。この苦しい国家財政の中でいかに成長を維持し、民主主義を発展させるかという難題を両立させることが次のパラダイムとなる。私はこのように考えている。
その方策については今回は一つのヒントを述べるにとどめる。上記の書籍は私の在学時代の教官の著書である。日本最初の民主主義の萌芽について小山氏は講義でこのように述べていた。大正デモクラシーにおける中間層の厚みが日本に最初の民主主義の原型をもたらした。農村部から都市部に人口流出してきた層が核家族を形成し、高度に教育された層を生み出した。彼らを新中間層と呼び、民主主義を担保する原動力となった。うろ覚えだが、このようなものだったと思う。
しかし、現在の高度経済成長でもない財政的にひっ迫している状況でこれを実現するのは難しい。これらのことについては、折に触れて様々な方面から記事にしてみたい。今回はその冒頭の素描である。
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私はこのブログで民主主義について口を酸っぱくして述べている。通常の人なら何の問題もなく今の日本社会で民主主義を謳歌しているはずだ。しかし、集団ストーカーの被害に遭っている人からすれば、そこはもう民主主義が適用されない社会を経験しているようなものである。このような身になると民主主義の必要性が痛感される。あたかも独裁国家にいる人間が民主主義国家を憧憬のまなざしで見つめるような思いで。
このブログでは私の現代思想的な考えを展開してきたが、一貫性がなく流れが把握できていない方も多いのではないかと思う。今回はこの流れをおさらいしてみる。
まず、冷戦。この時は西側諸国と東側諸国の対立という明確な構造を持っていた。人間社会が理想の社会形態について結論を見いだせない中で壮大な社会実験を行ってきたとも言える。結果は民主主義と資本主義の勝利。これで市場主義が何の問題もなく進展すると考えられていた。
ところが、ポスト冷戦後の一つのパラダイムであるグローバリズムは、深刻な状況を民主主義社会にもたらした。最終的な結末がリーマンショックという一種の恐慌というだけでなく、多くの先進諸国が民主主義の衰退を経験した。私はこのグローバリズムを推し進める社会体制は一種の戦時体制のようなものだったと考えている。民主主義を変形させてまで国際的な経済競争という一種の戦争を勝ち抜くための社会を作り上げたのだ。これは先進諸国すべてに共通することだろう。
そして、現在はそのポストグローバリズムという段階にある。多くの資源産出国でない先進国は、財政再建と国の浮揚のためにある程度市場原理主義を推し進めなければならない。しかし、グローバリズムの時のように疲弊の果てに破綻してはならない。この苦しい国家財政の中でいかに成長を維持し、民主主義を発展させるかという難題を両立させることが次のパラダイムとなる。私はこのように考えている。
その方策については今回は一つのヒントを述べるにとどめる。上記の書籍は私の在学時代の教官の著書である。日本最初の民主主義の萌芽について小山氏は講義でこのように述べていた。大正デモクラシーにおける中間層の厚みが日本に最初の民主主義の原型をもたらした。農村部から都市部に人口流出してきた層が核家族を形成し、高度に教育された層を生み出した。彼らを新中間層と呼び、民主主義を担保する原動力となった。うろ覚えだが、このようなものだったと思う。
しかし、現在の高度経済成長でもない財政的にひっ迫している状況でこれを実現するのは難しい。これらのことについては、折に触れて様々な方面から記事にしてみたい。今回はその冒頭の素描である。
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